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『私はいったい、何と闘っているのか』

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  安田顕演じるスーパーのフロア主任と彼の妄想が巻き起こすヒューマンコメディかと思いきや骨太の人生ドラマ。 日常の節々で語られる妄想と想像。 決してふざけているわけではない、折々で語られる安田顕の心の言葉が自分の心に突き刺さる。 日々繰り返される日常、刺激のない毎日は誰のせいでもない。 自分の想像力が枯渇しているだけなんだとこの映画は教えてくれる。 安田顕は冴えない中年なのかもしれない。 しかし家族には愛されている。 安田顕が娘の婚約者にいった言葉 「小梅(娘)は泣き虫だから、泣かさないでね」 もっといい言葉があったもだけれど、これが精いっぱいと心でつぶやく。 彼の心の中で無数に現れた言葉に比べれば、物足りない言葉だったのかもしれないけれど、 悩んでもがいて絞り出した言葉で家族はつながっている。 後半、登場人物たちの歩んだ様々な人生や人のつながりが交差したタクシーのシーンは最高だ。 語られる言葉は少ないけれど、そこ居合わせた人たちの様々な思いが視線や表情、 安田顕の心の声で語られる。 原作はつぶやきシローの同名小説。 だがそんな予備知識など目に入れずに観てほしい。

亡き天才を思う『Winny』

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革新的なファイル共有ソフト“Winny"を開発しながら、違法ファイルの蔓延を幇助した罪に問われたプログラマー、金子勇氏の闘いを映画化した実録社会派ドラマ。 2002年。プログラマーの金子勇は高い匿名性を持つ革新的なファイル共有ソフトWinnyを開発、公開する。だがWinnyは映画や音楽、ゲームなど違法コピーされたファイルのやりとりの温床となり、社会問題に発展していく。やがて矛先は金子に向けられ、彼は事態を予見できたはずだとして著作権法違反幇助の容疑で逮捕されてしまう。この報を受け、サイバー犯罪に詳しい壇俊光率いる弁護団が金子の弁護を引き受けるが……。 『Winny』 このアプリの名前を知っている人は多いだろうし、「パソコンに入れてはいけないアプリ」というイメージの人も多いはず。 本作品はWinnyの開発者・金子勇の逮捕から判決までのおよそ7年半を描いた作品だ。 Winnyというアプリから連想するヤバさは、「きっと開発した人もヤバいのだろう」につながり、ヤバいものを作ったヤバい人の裁判を映画なんだろうにつながる。 しかしこの作品で描かれる金子勇のヤバさはそんなヤバさではない。 ヤバさはじける天才のヤバさなのだ。 「普通の人が3年かかるものを2週間で作る」というエピソードは文章を読めばわかるが、映像として表現される金子勇は体を大きく揺らしたり、テクノロジーの話になると早口で楽しそうにまくしたてたり、腕組の仕方が独特だったり、顔の前で違う違うと手を振る仕草が特徴的だったり、なんだか変で、つかみどころがなくて、とてもかわいい。 金子勇を演じるのは東出昌大。   東出昌大さんは声が特徴的で、セリフをしゃべっていても場になじまずもったいないなと思う作品もあるが、本作品においては場になじまない東出昌大さん特徴的な声質が、終始異質な雰囲気を醸し出す金子勇と相まって東出昌大史上、最高のキャラクターだと感じた。 アイデアを思いついたと裁判中にコードを直し始める金子さんはまるでおもちゃを与えられた子供のようでかわいい。何かに夢中になっている人の周りには必ず応援してくれる人が集まるということをこの映画は語ってくれる。 ただ金子さんに罪を被ってもらわないと困ってしまう困った人間もまたいるわけで。 残念なのは7年半かかって無罪を勝ちとったこの裁判の半年後に金子さんは亡くなった...

この熱さ、好き『RRR』

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第95回アカデミー賞で挿入歌「ナートゥ・ナートゥ」が歌曲賞を受賞。世界的に大反響を呼んだインドの娯楽超大作。監督は「バーフバリ」2部作のS・S・ラージャマウリ。 インド映画と聞いて何をイメージするだろうか? 長い。 踊る。 歌う。 髭面のムチムチ男が出てくる。 RRRはコレらのイメージすること全てが余すことなく描かれる。 正真正銘のインド映画だ。 だけれど心地いい。 映画の舞台はイギリス植民地時代のインド。 イギリス人にさらわれた少女を救うためにデリーに向かった部族の守護神ビーム。 ビームは列車事故の現場に遭遇すると事故に巻き込まれた少年を警察官ラーマと協力し助け出す。 ビームとラーマはお互いの正体を知らないまま親友になる。 ラーマもただの警察官ではなく大義のために警察官になり、出世を目指していた独立運動家だったのだが、二人がお互いの素性を知った後、何をどう選択したのかが見どころ。 友情をとるのか使命をとるのか。 悩みに悩んで出した答えに胸が熱くなる。 この映画もインド映画の例に漏れず、ありえないシーンの連続だが、それを言ってはおしまいだ。 常識にとらわれては、あの肩車の戦闘シーンは描けない。 コレこそがインド映画なのだ。

珠玉のセリフの数々『映画大好きポンポさん』

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  「ポンポさんが来たぞ」 というセリフとともに現れる映画大好きポンポさん。 キャラクターの見た目は子供っぽいかもしれないが、映画製作現場の現実をドライにクールに語っている。 と思う。 と思うというのは映画の製作現場を知らないから。 働いたこともないし、働きたいと思ったことはあるけどもチャンスにも恵まれず、映画へのあこがれだけが残った今の自分にとって、映画製作現場はわかった風な口は絶対にしゃべってはいけない聖域なのだ。 そんな聖域でポンポさんは偉大な祖父を持つという、機会に恵まれながら敏腕プロデューサーとして戦っている。 まぶしいお方。 ポンポさんが放つセリフにはその見た目からは想像もできない刺さる言葉が投げかけられる。 例えばポンポさんが放つこんなセリフ。 「まあ極論、映画なんて女優を魅力的に取れればそれでOKでしょ」 確かにそうだ。 魅力的な女優のイメージしか残らない映画は確かに存在する。 女優が魅力的なのか、魅力的に撮れている女優なのか。 女優の感想しか残らなくてもいいんだと救われた気持ちになる。 そんなポンポさんがアシスタントのジーンに映画の監督を任せるところからこの物語は動き出す。 ジーンの採用理由が「ジーン君がいちばんダントツで、目に光が無かったからよ」というのもおもしろい。 あこがれだった映画監督というチャンスを手に入れ、映画製作にまい進するジーン。 ジーン君にとっての映画の縛りはポンポさんが語った映画は90分以内というルール。 祖父から長編映画を延々と見せられた幼少期のポンポさんにとって「90分以下のわかりやす〜い作品は砂漠のオアシスって感じだったわ」 90分以内の映画を目指しとったシーンの取捨選択を迫られるジーン君。 シーンの取捨選択は、何かを得るには何かを犠牲にしなければならないというジーン君の人生の教訓とも重なる。 ここからエンディング向かっての加速感がたまらない。 「君の映画に君はいるかね」 の言葉に追加の撮影を願うジーン君に、その願いをかなえるポンポさん。 「ポンポさんが来たぞ」というセリフと共に登場するポンポさんが実に頼もしい。 杉谷庄吾の【人間プラモ】のコミックをアニメ映画化作品。 もちろんこの映画自体も90分台。 しびれる。

『永遠の門 ゴッホの見た未来』

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 狂気の映画だ。 私にとってゴッホとは自分の耳を切り落とし、娼婦に送った画家のイメージが強い。 しかも耳を切り落とした自分の自画像を何枚も書いている。 貧しくてモデルを雇うことができなかったという理由もあるようだが、人付き合いが得意でなかったとか。   狂気の画家ゴッホを演じたのがこれまた狂気の俳優ウィレム・デフォー。  『プラトーン』、『今そこにある危機』、『処刑人』等様々あるが『スパイダーマン』グリーン・ゴブリンは格別だ。 単純な悪ではない、善ではあるがゆえに悪に飲み込まれる二面性をもった複雑な役に私の心はスパーダーマンどころではなくなった。   ウィレム・デフォーの強面の見た目になりたいと思った。   狂気の画家を狂気の役者が演じたらどうなるか。 その答えがこの映画。   ウィレム・デフォーの強面の見た目はゴッホの自画像から飛び出したような見た目だし、ウィレム・デフォーの深い皺はまるで油絵のようだ。   画を書くことへの情熱とウィレム・デフォーがゴッホになりきる情熱がバッチバチにぶつかり合う。 ゴッホは言う。   人生は種まき。   芽が出るのは自身が死んだあとでいいということ。   この言葉に心が軽くなる。  

4輪の情熱『フォードvsフェラーリ』

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 『フォードvsフェラーリ』という題名だが、カーレース界の頂点に君臨するイタリアのフェラーリに挑んだフォードの話。   もっと正確に言ったら、ブランドイメージを高めるためにフェラーリの買収を目論んだがフェラーリの創業者からすっかりコケにされ、怒ったフォードの代表がル・マン24時間耐久レースで連覇を続けるフェラーリを打ち負かせと至上命令を受けた二人の男のお話。 天才カーデザイナー、シェルビーを演じたのはマッド・デイモン。   敏腕ドライバー、マイルズを演じたのはクリスチャン・ベール。 この二人の友情が熱い。 子供のように殴り合ったかと思えば、二人仲良くコーラを飲む。   その二人を優しく見つめるマイルズの妻モリー・マイルズ。   彼女も熱く、美しい。 モリー・マイルズを演じたのはカトリーナ・バルフ。テレビドラマ『アウトランダー』で従軍看護婦を演じたあの人だ。 レースのシーンも熱いのだが、フォードの代表、ヘンリー・フォード2世をル・マンのために仕上げた車、GT40に乗せてデモ走行をするシーンがいい。   ヘンリー・フォード2世をGT40に乗せるためにチームメイト一丸で策略する。 車作りは、天才デザイナーと凄腕のドライバーだけでできるものではない。 メカニックやそのほかの技術者の力が必要だ。   この映画の中では端役になってしまっているような人物が連携をし、事を成す。   チームメイトの見事な連携によりヘンリー・フォード2世を助手席に押し込ませた後はドライバー、マイルズの荒ぶる時間がはじまる。   フォードGT40の雄たけびのようなエンジン音。   野獣のような動力性能。   人間の運動能力をはるかに超えた運動能力による重力の刺激を受けたヘンリー・フォード2世はむせび泣き、熱いものを漏らす。     痛快。

上腕ですべてを解決する『犯罪都市』

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2004年に実際に起きた「Heuksapa」という事件をもとにしている映画。   中国の延辺から来たチャイニーズマフィアとソウル市九老区の加里峰洞を仕切る地元の暴力団の間で縄張り争いが勃発。   地元警察が平和を目指す。 マ・ドンソク演じるマ・ソクト のキャラクターが強烈。   暴力団かと思ったら警察のほうだった。 マ・ドンソクはアジアのアクションスターだと思っている。   ただし使うのはアクロバット的なアクションでも華麗なカンフーアクションでもない。   ちょっとした女性の胴回りくらいありそうな上腕から放たれる「鉄拳」だ。   チンピラくらいならパンチだけで息を引き取ってしまう。 『犯罪都市』は銃もカーアクションもなく、純粋にマ・ドンソクによる豪快な肉弾戦が堪能できる。   鉄パイプもナイフも斧も通じない。   圧倒的なわがままボディ。   極限まで肥大化した筋肉の鎧から放たれる攻撃はリアルヤジロベー。   黄色い服を着た部下に「タンポポか」としっかりジョークも忘れないところがにくい。   最後のチャイニーズマフィアのボス、チャン・チェンとの対決では手こずるのかと思いきや圧倒的な破壊力で圧倒する。   アジアが生んだ新時代のアクションスター、マ・ドンソクから目が離せない。